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歌合 【 その2 】 第一試合
「歌合ってなに?」という方は、まずはこちらの記事→ からどうぞ!


東チーム

箱詰めのゴディバのチョコは二十粒いちにち一粒ずつ食べてゆく (魚住めぐむ)

V.S.

西チーム

どれもこれもホットケーキの円周の外の世界で起こるできごと (ユキノ進)



両チームの推薦文、勝敗は「続きを読む」をどうぞ。
(全文を読む前に、ご自身で感想や勝敗を考えておかれると面白いと思います!)




東チーム

箱詰めのゴディバのチョコは二十粒いちにち一粒ずつ食べてゆく (魚住めぐむ)

念人 : 太田宣子

まず、二十粒入りのGODIVAのチョコレートの箱詰めを独り占めすること、それが二十日間も約束されること、この恍惚に身を委ねてみてください。
特に大人の女性にとっては、日常と隣り合わせでありながらも、扉を開くと、一瞬にしてひそやかで手ごろな非日常にワープできること、そんな鍵のようなものが必須なのではないでしょうか。
日常を自分らしく頑張るために、ほんのひとときの贅沢を、舌に、こころに、保証する幸福のアイテムとして、この「箱詰めのGODIVAの二十粒入りチョコレート」は、完璧だと思います。
調べたら、「GODIVAの二十粒入りチョコレート」って、五千円もするのですよ(笑)

それでは、もう一度、一首をチョコレートのように味わっていきましょう。

  箱詰めのゴディバのチョコは二十粒いちにち一粒ずつ食べてゆく

一首によって、私たちには二つの記憶が甦ってきます。
ひとつは、二十日間という、短くはないけど、決して長くはない、確実に終わりを予想できる、区切りのある時間、という手ごたえのしっかりとある時間の感覚です。
もうひとつは、高級なチョコレートならではの特別なあの感覚です。
箱を開けたときの、あるいは個包装を解いたときの芳しいカカオの香り、なめらかで冷ややかな茶色い手触り、舌にのせるようにして口に含むと、少しじらすように、しかしほどなく柔らかく融け出し、さらに直接的に広がる香り、苦み、豊潤で官能的な甘み。
ここでは、視覚、嗅覚、触覚、味覚といった知覚がフルに刺激されていきます。

記憶とともに感覚が鮮明に喚起され、また幾層にも交錯することで、私たちは、今まさに「GODIVAの二十粒入りチョコレート」を目の前にし、それを独り占めする幸福に酔いしれています。

しかし、この鮮烈なリアリティは、罠、でもありました。
このリアリティゆえ、私は、家族に内緒で「GODIVAの二十粒入りチョコレート」を一人占めすることへの罪悪感までも引き受けなければなりませんでした。
そして、罪悪感ゆえに、さらに「GODIVAの二十粒入りチョコレート」は魅惑を増すのでした。

大人の楽しみとは、このように、一抹の罪悪感や後ろめたさを併せ持たねばなりません。
ただ、テンションが上がったりうきうきわくわくするのが楽しみではないのです。
罪の意識によって増す「楽しみ」、あるいは罪の意識こそが「楽しみ」なのかもしれない、という倒錯も包摂した「楽しみ」、そんな「楽しみ」の本質に気づかされる一首として、じんわりと深い一首を楽しませていただきました。
(太田宣子)

魚住めぐむ

「短歌人」」に所属しています。
よろしくお願いいたします。

太田宣子

太田宣子(おおたのぶこ)です。ツイッターは@aofukugooriです。
三重出身→赤福LOVE→赤福氷→商標登録に抵触?→青福氷。
この度はユキノ進さんにご紹介いただき参加させていただくこととなりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

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西チーム

どれもこれもホットケーキの円周の外の世界で起こるできごと (ユキノ進)

念人 : やすたけまり

どんなものでも、存在することで世界を「内」と「外」とに分けている。ありがちなのは、壜とかコップとか「うつわっぽいモノ」を出してその内と外を対比させ、「自分と世界」の関係の喩として描く、というパターンだろうか。そこに「ホットケーキ」を持ってきたのがユニークだ。もちろんこの歌も「自分と世界」の喩として読めるのだけれど、それだけではないホットケーキの存在感を味わいたい。円という完結したかたち、さらに、壜のように空洞に中味を入れるのではなく、それ自体に熱を持つ生地がみっしりつまったイメージも、はるかに広く豊かであるはずの「外の世界」のできごとを希薄でたよりないものに見せている。単に「ホットケーキ」ではなく、「ホットケーキの円周」まで言いきったことで、さらに輪郭がくっきりして存在感が増した。

普通の文として意味の組み立てを考えると、(ホットケーキの外側の世界で)/(どんなできごとも起こる)という(上句)/(下句)的な二部構成になる。そのままリズムを整えて短歌にすることも可能だが、この歌では「どれもこれも~の外の世界で起こるできごと」という構文の中にホットケーキを置く形が選ばれた。この語順も、世界の中心にホットケーキが存在する感じを効果的に表現している。
「ホットケーキの円周の外の」と「の」をたたみかける王道テクニックのイントロのように「どれもこれも」の「も」のo音が響くのもおもしろい。
(やすたけまり)


ユキノ進

ふたつの草野球チームに所属しています。短歌の結社には入っていません。

やすたけまり

未来短歌会 加藤治郎選歌欄所属。
歌集『ミドリツキノワ』(2011年 短歌研究社)
blog「すぎな野原をあるいてゆけば」http://blog.goo.ne.jp/sugina-musicland
twitter @sugina_01092
ネットプリント『月刊ミドリツキノワ』は、発行時に上記のブログ・ツイッターでお知らせしています。どうぞよろしく。


*********

東チーム《魚住めぐむさんの歌》

淡々と述べる事象から抒情をかもし出す手法の歌です。太田さんご指摘のようにゴディバのチョコレートをいちにち一粒づつ食べてゆくことから感じられる幸福感と罪悪感には何か官能的なものさえも感じられました。

こういう淡々とした歌は僕は好みなのですが、散文的というところは欠点と言えば欠点かもしれません。


西チーム《ユキノ進さんの歌》

やすたけさんのご指摘にあるように、内と外を分ける対象としてホットケーキを持ってくることのユニークさ、そしてあえて円周と言い切ることによって輪郭の際立たせる技巧には非凡な才を感じました。また、これもやすたけさんのご指摘にありましたが「も」と「の」によるo音の響きは歌に軽やかな印象を与えていると感じました。

ただ「どれもこれも」というのは慣用的な表現であり、指示代名詞の連続により指し示される対象がぼやけてしまっていることには不満を感じました。


《判定とその理由》

西チームを勝ちとします。
どちらもそれぞれに優れた歌なのですが、魚住さんの歌の方がテーマである「好きなこと。楽しいこと」をよく表現していると感じたことが勝敗を分けた理由です。魚住さんの歌は、いちにちに一粒ずつゴディバのチョコレートを食べていくことは確かに楽しみであることがわかります。一方、ユキノさんの歌は、歌の技巧やかもしだす雰囲気は面白いと思ったのですが、楽しみという視点でみるとどのあたりが楽しいのかちょっとはっきりしないと思ったのです。
やすたけさんの推薦文には、意味内容・構文・韻律の分析が過不足なく分かりやすくまとめられていましたが、「好きなこと。楽しいこと」というテーマへの言及が無かったのは、やはり歌の中からそういった部分を引き出すことが難しかったからではないかとも思われました。

最後に、太田さんの推薦文の熱量はすごいなあと感じたことを記しておきます、特に、歌中では「ゴディバ」と表記しているのを推薦文ではあえて「GODIVA」と表記しているところなど太田さんの並々ならぬ《GODIVA愛》を感じさせられました。もしかしたら LADY GODIVA の霊にとり憑かれておのずから湧きあがってきた言葉たちなのかもしれません。
(鈴木麦太朗)


鈴木麦太朗

鈴木麦太朗です。未来短歌会笹公人選歌欄にいます。どうぞよろしくお願いします。


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[2015/02/04 19:33 ] | 歌合戦!
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